「自分が先に死んだら、この子はどうなるんだろう」
ペットと暮らす人なら、一度は頭をよぎる不安。特に一人暮らし、高齢の飼い主にとっては、切実な問題です。
遺言を書いても、お金を残しても、本当にペットのために使われる保証はない。親族に頼んでも、本当に最後まで面倒を見てくれるのか。そんな不安を解消する仕組みがペット信託です。
この記事では、ペット信託の基本から、具体的な費用、メリット・デメリット、そして実際の手続きまで、専門家の視点から詳しく解説していきます。
目次
ペット信託とは?基本の仕組み
「信託」って何?難しくない?
信託という言葉を聞くと、なんだか複雑そう。法律用語だし、自分には関係ないと思うかもしれません。
でも本質はシンプルです。
「自分の財産を、信頼できる人に託して、ペットのために使ってもらう」
これだけです。銀行の信託商品のように複雑な金融商品ではありません。もっと身近で、もっと実用的な仕組みなんです。
飼い主が亡くなった後、または介護や入院などで世話ができなくなった時。ペットの生活を金銭的・法的に守る。それがペット信託の役割です。
なぜ今、ペット信託が注目されているのか
日本では単身世帯が増え続けています。国勢調査によると、単身世帯の割合は40%近くに達しているとも言われています。
同時に、飼い主の高齢化も進んでいる。犬や猫の寿命は15〜20年。飼い始めた時は60歳でも、ペットが天寿を全うする頃には80歳近くになっている計算です。
「親族がいない」 「親族がペットを引き取れない」 「相続でもめたくない」 「誰にも迷惑をかけたくない」
こうした理由で、飼い主の死後にペットが行き場を失うケースが増えています。保健所に引き取られ、最悪の場合は殺処分に至ることも。これは社会的な課題です。
ペット信託は、この問題を法的にカバーできる唯一の仕組みとして、ここ数年で急速に注目を集めています。
ペット信託が守るもの
ペット信託が守るのは、お金だけではありません。
- ペットの生活の質:慣れ親しんだ環境、好きなフード、定期的な医療ケア
- 飼い主の想い:「この子に幸せでいてほしい」という願い
- 家族間のトラブル防止:相続争いの火種を消す
- 飼い主自身の安心:「最後まで守れる」という心の平穏
法律の力で、これらすべてを守ることができます。
ペット信託の登場人物は3者
信託には、主に3者が関わります。それぞれの役割を理解しておきましょう。
| 役割 | 内容 | 具体例 |
| 委託者(飼い主) | 自分の財産の一部をペットのために信託する人 | あなた自身 |
| 受託者 | 委託者に代わってペットの生活費を管理・支出する人または法人 | 家族、弁護士、信頼できる友人、動物愛護団体 |
| 受益者(ペット) | 実際に信託の利益(生活費・医療費など)を受ける対象 | あなたの愛犬・愛猫 |
受託者の役割は重要
受託者は単なる「お金の管理人」ではありません。
- 信託口座から費用を引き出し、ペットの飼養者や動物病院に支払う
- ペットが適切にケアされているか定期的に確認する
- 信託財産の収支報告を行う
- 緊急時には迅速に対応する
つまり、受託者はペットの「後見人」のような存在。だからこそ、慎重に選ぶ必要があります。
飼い主が亡くなっても、受託者がペットのために用意された資金を管理。預かり先の飼養者、動物病院、トリミングサロン、ペットホテルなどへ必要な費用を支払い続けます。
**生前から死後まで、継続的に守る。**それがペット信託の最大の強みです。
遺言・保険では守れない理由
「遺言に書いておけば大丈夫では?」 「ペット保険に入っているから安心」 「家族に口頭で伝えてあるから問題ない」
本当にそうでしょうか?それぞれの限界を見てみましょう。
遺言の限界
遺言書に「〇〇さんにペットを託す」「飼育費として100万円を渡す」と書いたとします。
でも問題があります。
- ペットは法律上「物」扱い:相続の対象にはなりません
- お金の使途を強制できない:受け取った人が本当にペットのために使う保証がない
- 効力は死後のみ:生前の入院や介護には対応できない
- 監督機能がない:約束が守られているか確認する仕組みがない
つまり、遺言は「お願い」はできても「確実に守らせる」ことはできないんです。
保険の限界
ペット保険は医療費をカバーする制度。飼い主が亡くなった後の「生活費全般」は保障されません。
保険金の受取人が誰かにもよりますが、その人がペットのために使うかどうかは本人次第。法的な縛りは一切ありません。
口約束の危うさ
「家族に話してあるから大丈夫」
でも現実は厳しい。
- 家族の生活状況が変わる(転勤、離婚、経済的困窮)
- 他の相続人から「なぜその人だけ」と反発が出る
- 口約束には法的拘束力がない
善意に頼るのは、あまりにリスクが高すぎます。
比較表で見る違い
| 比較項目 | ペット信託 | 遺言 | 保険 |
| 効力の開始 | 生前から可能 | 死後のみ | 保険金支払いは死後 |
| ペットへの直接支援 | 可能(受託者経由) | 不可(ペットは相続人でない) | 受取人の責任次第 |
| 継続性 | 定期支出・監督あり | なし | なし |
| 法的拘束力 | 強い(契約書で明記) | 弱い(履行義務なし) | なし |
| トラブル防止 | 高い | 相続争いリスクあり | 管理責任が不明確 |
ペット信託は、「ペットのためだけにお金を使う」ことを法的に担保できる唯一の方法です。
ペット信託 5つのメリット
1. 確実に生活資金が確保される
飼い主が亡くなっても、ペットの医療費・食費・介護費用が信託契約で守られます。
「100万円を預けたけど、実際には10万円しか使われなかった」といった事態を防げます。信託口座の出入金は記録され、透明性が保たれます。
資金が別の用途に使われる心配がありません。これが最大のメリットです。
2. 信頼できる受託者に任せられる
家族、弁護士、動物愛護団体。希望に応じて選定できます。
「この人なら安心」と思える相手を指定しておける。複数の受託者を設定し、相互にチェックする体制を作ることも可能です。
受託者が途中で辞任する場合に備えて、後任者をあらかじめ決めておくこともできます。
3. 透明な資金管理
信託口座を使うことで、「ペットのためだけの費用」が明確化されます。
- いつ、いくら、何のために使ったか
- 残高はいくらか
- 毎月の支出傾向はどうか
すべて記録として残ります。使途不明金が発生しない。これは飼い主にとっても、受託者にとっても安心材料です。
4. 生前から運用できる
これが遺言との最大の違い。
元気なうちに契約しておけば、入院や認知症になった時も対応可能。「いつか」ではなく「今」から備えられます。
例えば70歳で契約を結んでおけば、75歳で入院した時、80歳で施設に入った時も、ペットの生活は守られます。
5. 相続トラブルを防ぐ
「なぜ妹だけ100万円多くもらうの?」 「ペットのためって言っても、本当に使ったかわからない」
こうした争いを防げます。
遺産分割や親族間のもめ事を減らせる。「ペットのお金」と「相続財産」を明確に分けることで、争いの種を摘み取ります。
信託契約書には、余った資金の処分方法も記載できます。「動物愛護団体に寄付する」と明記しておけば、誰も文句は言えません。
終活協議会では、ペットの終活について詳しく学べる「ペットの終活ガイドブック」を無料でプレゼントしています。ペット信託の基礎知識から、実際のご供養のことまで、分かりやすく解説しています。ぜひご活用ください。

ペット信託 デメリットと注意点
良いことばかりではありません。デメリットや注意点も正直にお伝えします。
1. 費用がかかる
契約書作成、信託設定、管理費。決して安くはありません(詳細は後述)。
一般的に、初期費用だけで10〜20万円程度。加えて飼養費として50〜100万円を用意する必要があります。
経済的に余裕がない場合は、他の選択肢(負担付遺贈、死後事務委任契約など)と比較検討すべきです。
2. 受託者選びが重要
誰に託すか。この判断を誤ると、信託の意味がなくなります。
- 本当に信頼できる人物か
- 長期間、責任を果たせる人か
- 金銭管理能力はあるか
- ペットに愛情を持って接してくれるか
慎重に選ぶ必要があります。場合によっては、弁護士や動物愛護団体などの法人を受託者にする方が安全なこともあります。
3. 定期的な見直しが必要
ペットの年齢、健康状態、生活環境。これらが変われば、契約内容も更新すべきです。
- 高齢になって医療費が増えた→飼養費の増額
- 受託者の状況が変わった→後任者の指定
- ペットが亡くなった→信託の終了手続き
一度作って終わりではありません。年に1回程度、見直す習慣をつけましょう。
4. 飼養者とのトラブルリスク
受託者とは別に、実際にペットを預かる「飼養者」がいる場合。
飼養者が適切にケアしていない、虐待している、といったトラブルが発生する可能性もゼロではありません。
契約書に「定期的な面会・確認」の条項を入れる、複数の監督者を置くなど、チェック機能を設けることが重要です。
ペット信託 費用相場を詳しく解説
ペット信託の費用は個別契約のため、ケースによって大きく異なります。ここでは一般的な目安を示します。
| 費用項目 | 内容 | 相場 | 備考 |
| 契約書作成費用 | 弁護士・司法書士など専門家のサポート | 5〜15万円程度 | 複雑な条件を含む場合は20万円超も |
| 信託設定費用 | 登記・手数料などの初期費用 | 3〜5万円前後 | 公正証書にする場合は別途費用 |
| 管理費用 | 信託期間中の口座管理・報告費 | 年間1〜3万円前後 | 受託者が法人の場合は高めになる傾向 |
| ペット飼養費(信託金) | 食費・医療費・トリミング・葬儀費など | ペット1頭あたり50〜100万円前後が目安 | 大型犬や持病がある場合は150万円以上も |
飼養費の内訳例(小型犬の場合)
より具体的にイメージできるよう、内訳の一例を示します。
- 食費:月5,000円 × 12ヶ月 × 5年 = 30万円
- 医療費:年間10万円 × 5年 = 50万円
- トリミング:月5,000円 × 12ヶ月 × 5年 = 30万円
- ペットホテル(緊急時):年2回 × 1万円 × 5年 = 10万円
- 葬儀・供養費:5万円
- 予備費:25万円
合計:約150万円
これはあくまで目安。ペットの種類、年齢、健康状態によって大きく変動します。
余った資金はどうなる?
ペットが想定より早く亡くなった場合、信託金が余ることもあります。
契約時に処分方法を定めておくことが重要です。
- 相続人に返還する
- 動物愛護団体に寄付する
- 別のペットの保護活動に使う
明記しておくことで、後々のトラブルを防げます。
費用を抑える方法はあるか?
正直に言えば、大幅に削減するのは難しい。専門家の関与が必要だからです。
ただし、以下の工夫で多少は抑えられます。
- 契約書のひな形を活用する(ただし専門家のチェックは必須)
- 受託者を家族にする(法人より管理費が安い)
- 飼養費を現実的な金額に設定する(過剰な見積もりは不要)
ペット信託 手続きの流れを5ステップで解説
実際にペット信託を始める場合、どんな流れになるのか。具体的に見ていきましょう。
ステップ1:ペットの今後を整理する
まずは「理想のゴール」を描きます。
- どこで暮らしてほしいか(自宅?新しい飼い主のもと?老犬ホーム?)
- どんなケアを受けてほしいか(定期的な通院、好きなフード、散歩の頻度)
- 葬儀・供養はどうするか(個別火葬、納骨堂、散骨など)
ノートに書き出してみましょう。具体的であればあるほど、契約書に反映しやすくなります。
ステップ2:受託者を決める
最も重要なステップです。
候補者のリスト化
- 家族(配偶者、子ども、兄弟姉妹)
- 信頼できる友人
- 弁護士・司法書士
- 動物愛護団体・NPO法人
意思確認
必ず事前に相談し、承諾を得ましょう。「遺言で指定しておけば大丈夫」と勝手に決めるのは危険です。
受託者には責任が伴います。相手の生活状況、経済状況、ペットへの愛情度合いなども考慮に入れてください。
ステップ3:信託財産を設定する
ペットのために残す資産を決めます。
- 銀行預金
- 生命保険金の一部
- 現金
- 不動産の売却代金(稀なケースですが)
金額の目安は前述の通り、小型犬・猫で50〜100万円、大型犬で100〜200万円程度。
健康状態、年齢、想定余命を考慮して設定しましょう。
ステップ4:契約書を作成する
専門家(弁護士・司法書士)に相談し、正式な契約書を作成します。
契約書に盛り込むべき内容
- 委託者・受託者・受益者(ペット)の情報
- 信託財産の内容と金額
- 信託の目的(ペットの飼養、医療、葬儀など)
- 飼養者の指定(受託者と別の場合)
- 資金の使途と管理方法
- 報告義務(年1回の収支報告など)
- 信託の終了条件(ペットの死亡、資金の枯渇など)
- 余剰金の処分方法
弁護士に丸投げするのではなく、自分の想いをしっかり伝えることが大切です。
ステップ5:定期的に見直す
契約締結後も、油断は禁物。
見直しのタイミング
- ペットの誕生日(年1回の習慣に)
- 健康状態に大きな変化があった時
- 受託者の状況が変わった時(引っ越し、転職、家族構成の変化など)
- 自分自身の経済状況が変わった時
必要に応じて、契約内容を修正・追加します。これを「変更契約」と言います。
ペット信託を検討する際のチェックポイント
ペット信託は、まだ一般にはなじみの薄い制度。だからこそ、慎重に進める必要があります。
失敗しないためのチェックポイントをまとめました。
契約前に確認すべきこと
✅ 契約書を専門家(行政書士・司法書士・弁護士)にチェックしてもらう → ひな形をそのまま使うのは危険。個別の事情に合わせた内容に
✅ ペットを託す相手(個人・団体)の信用性を確認する → 過去の実績、口コミ、財務状況などを調査
✅ 費用や管理内容を「見える化」しておく → 曖昧な表現は後々トラブルの元
✅ 余剰金の処理方法を契約書に明記する → 「相続人に返還」「寄付」など、具体的に
✅ 受託者と定期的に連絡を取る体制を作る → 年1回の面談、メールでの近況報告など
✅ 飼養者とも事前に面談し、環境を確認する → 住環境、家族構成、他のペットの有無など
✅ ペットの健康診断書を用意する → 持病、アレルギーなどを記録
✅ 緊急時の連絡先リストを作成する → 動物病院、ペットシッター、トリミングサロンなど
信頼できる相談先を選ぶ
ペット信託に詳しい専門家はまだ多くありません。
良い専門家の見分け方
- ペット信託の実績が豊富
- 説明が分かりやすく、質問に丁寧に答えてくれる
- 契約を急がせない(じっくり検討する時間をくれる)
- 費用が明確(追加費用の有無を事前に説明)
- アフターフォロー体制がある
複数の専門家に相談し、比較検討することをおすすめします。
動物愛護団体や終活サポート団体が提供する情報も活用しましょう。無料相談会やセミナーに参加するのも良い方法です。
よくある質問
Q1:ペット信託は犬・猫以外にも使えますか?
使えます。鳥、うさぎ、ハムスター、爬虫類など、どんなペットでも対象になります。
ただし、飼養費の計算方法や飼養者の選定は、種類によって大きく異なります。専門家に相談しましょう。
Q2:複数のペットがいる場合はどうすればいい?
一つの信託契約で複数のペットをカバーできます。
ただし、それぞれの飼養費を個別に算出し、合計額を信託財産として設定する必要があります。
Q3:途中で信託を解約できますか?
できます。委託者(飼い主)が生きている間は、いつでも解約・変更が可能です。
ただし、解約には受託者の同意が必要な場合もあります。契約書に解約条件を明記しておきましょう。
Q4:自分が認知症になった場合はどうなる?
信託契約は有効です。受託者が引き続き管理します。
ただし、認知症になる前に「任意後見契約」も併せて結んでおくと、より安心です。
まとめ|ペット信託で未来を守る
ペット信託は、「もしもの時」にペットを守るための法的な盾です。
遺言では不十分。保険では不確実。口約束では不安が残る。でもペット信託なら、生前から死後まで継続的に守れる。
費用はかかります。手続きも簡単ではありません。受託者選びには慎重さが求められます。
でも大切な家族の未来を守るためなら、その価値は十分にあります。
「いつか考えよう」ではなく、「今日から始める」。
その一歩が、ペットの幸せにつながります。あなたの安心にもつながります。
まずは専門家に相談すること。そして、ペットとの時間を大切にしながら、少しずつ準備を進めていきましょう。
終活協議会では、ペットの終活についてのご相談も承っております。お気軽にお問い合わせください。また、ペットの終活について詳しく学べる「ペットの終活ガイドブック」を無料でプレゼントしています。ペット信託の基礎知識から、実際のご供養のことまで、分かりやすく解説しています。ぜひご活用ください。

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監修

- 一般社団法人 終活協議会 理事
-
1969年生まれ、大阪出身。
2012年にテレビで放送された特集番組を見て、興味本位で終活をスタート。終活に必要な知識やお役立ち情報を終活専門ブログで発信するが、全国から寄せられる相談の対応に個人での限界を感じ、自分以外にも終活の専門家(終活スペシャリスト)を増やすことを決意。現在は、終活ガイドという資格を通じて、終活スペシャリストを育成すると同時に、終活ガイドの皆さんが活動する基盤づくりを全国展開中。著書に「終活スペシャリストになろう」がある。
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